介護と子育てに奮闘する管理人です。
頸髄損傷の父との暮らしや、家族の介護のリアルを発信しています。
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完璧じゃない。でも、ここなら父が居場所を作れるかもしれない

「ここには通わせられない」

そう思って、ケアマネさんに電話を入れた。

「そうですか」

短い返事。

でも、その後に続いた言葉で少し救われた。

「実は、私も別のデイサービスを見学してきました。でも、やっぱりおすすめできそうになくて」

ケアマネさんも、父に合う場所を探してくれていた。

一人で戦っていたわけじゃない。
そう思うと、肩の荷がすっと軽くなった。

そして、2件目のデイサービスに見学に行った。

入った瞬間、雰囲気が違った。

広い。

利用者さんたちが楽しそうに、花を作っていた。

ちょうど来ていた100歳のおばあちゃんが、
抱っこ紐から出ている第二子の足を見つけて、

「かわいいね」

と言いながら、優しく撫でてくれた。

その光景を見て、少しだけ肩の力が抜けた。

「ベッドは、これしかなくて」

案内された休憩スペース。

そこには、空気が出たり入ったりするマットが乗ったベッドがあった。

お風呂も見せてもらった。

寝たまま入れるお風呂。
座ったままシャワーができる機械。

「寝たままのお風呂は、今壊れていて……」

完璧ではない。

でも、父が入れる方法を考えてくれている。

それだけで、泣きそうになった。

リハビリの先生もいた。

「夕方ならスタッフの手が空くので、
簡単なリハビリならできると思います。」

その言葉が嬉しかった。

机もない。

「どうしようか。買おうか」

スタッフさんが一緒に考えてくれた。

設備は新しくない。

でも、スタッフさんがみんな明るかった。
父を受け入れるために、
一緒に考えてくれた。


他の施設に見学に行ったり、電話をしたり
探しても探しても、
ここより父に合う場所は見つからなかった。

そもそも、父は一般的なデイサービスに向いているタイプではなかった。

認知症があるわけでもない。
会話もできる。
頭だって、昔のまましっかりしている。

ただ、体が動かない。

「できないこと」だけを見ると、
デイサービスが必要な人。

でも、「できること」や「今までの父」を見ると、
そこに合わせることが難しかった。

全部の希望を叶えられる場所なんて、ないのかもしれない。

「ここが、父をお願いする一番いい場所なんだろう」

父に話した。

「ここ、どうかな?」

すると父。

「何しに行くの?」

……そうだよね。

父が、何度も聞いた。

私は答えた。

「お風呂と処置のため」

少し間を置いて、

「それから……私たちの休憩のため」

と言った。

今思えば、ずるい言い方だったと思う。

頑張っている父に、
「あなたのため」だけじゃなく、
「家族のため」という理由を押し付けた気がした。

父は、

「そうか」

とだけ言った。

その返事が、余計に苦しかった。

動けない父が邪魔なわけじゃない。

一緒に暮らしたいと思っている。

でも、現実には介護する側にも限界がある。

あの時の私は、
父を傷つけたような気がして落ち込んだ。

でも、今なら少し違う考え方ができる。

介護は、誰か一人が我慢して成り立つものじゃない。

父が過ごしやすい場所を作ること。
家族も無理なく続けられる形を作ること。
じゃないと、M田家、ギスギスしますもん。
今、忙しい。
できないって。
眼鏡だって、優しくかけてあげられないもの。
痛いって。その言葉に、またピリピリする。

それが、父を余計我慢させる。

家の空気が悪くなる。

だから、外のサービスを使うことは、父のためなんだと思う。

あの頃、退院する最後まで悩んだ。

本当にここでいいのか。
父は納得しているのか。

何度も考えた。
優しい、私。

今では、デイサービスで父は
スタッフさんと話して、
スタッフさんに、タブレットのやり方教えてもらって
父らしく、どう過ごすかを考えて
適応している。

さすが、父だなって思う。

「行かされる場所」じゃなくて、
父自身が居場所を作っていく場所になればいい。

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