介護と子育てに奮闘する管理人です。
頸髄損傷の父との暮らしや、家族の介護のリアルを発信しています。
同じ悩みを持つ方の力になれたらうれしいです。

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“もう動かない”と言われた日

頸髄損傷になって3〜4日目。

ICUに面会に行くと

父の安静度が、
少し上がっていた。

首に固定のカラーをつけたままだけど、

ベッドの上で横向きになったり、
少しだけ頭を上げてもいいらしい。

ベッドを少しギャッチアップしていて、

父の顔が、
よく見えた。

相変わらず、薬の効果で
うとうとしていたけど、

呼びかけると
目を開けて頷いていた。

父は、挿管しているせいか、痰がすごく多かった。

吸引のたびに苦しそうで、

見ているこっちまで苦しくなる。

母はその姿を見て、かなり引いていた。

「こんなに苦しいんだ…」

って、ショックを受けていた。

そんな母が、かわいかった。

吸引ってこんなもんでしょ。

それより、肺炎にならなければいいな。

って、
思っていた。

そんな中でも、

看護師さんが

便が出た時、
父が
「したい感覚」があった
と言っていて驚いた。

へぇー、感覚って残るんだ。

全部分からなくなるわけじゃないんだ。

少しだけ、
希望みたいなものを感じた。

呼吸器のサポートも少しずつ減っていて、

自分の力で呼吸できる時間も、
増えてきていた。

「もしかしたら、
大丈夫かもしれない」

呼吸器、
とれるかもしれない。

家族みんな、少しだけ前向きになり始めていた。

父のできることを、
必死に探してた。

そして、医師からの面談。

父のベッドの横で。

手術の適応ではないと言われた。

その言葉で、

「あぁ、
もう、このまま動かないのか」

と思った。

そんなタイミングで、

医師は、あっさりと父に告知した。

「もう足は動かないからね」

「手もそんなに動かないと思う」

って。

父は、
悲しそうに、
困ったように頷いていた。

私は、
頭の中で

「待って待って待って」

って、
ずっと思っていた。

もっと言い方とか、
タイミングとか、
あるよね?

こっちはまだ、受傷して1週間たってないねん。

死にかけて、
今も痛くて、
かなりしんどくて。

少しでも良くなるぞって、がんばっている人だって。

必死に希望を探している人だぞ、目の前の父。

なのに、その言葉はあまりにも突然で、

冷たく聞こえた。

気づいたら、

「生きてて、よかった」

って、
家族で父に言い続けていた。

ずっと、
冷食とコンビニごはんが並ぶ食卓で、

「おれが

じぃの車椅子おすよ」

「また、一緒にプール行きたいな」

って話してた。

「そうだね、
一緒に車いす乗って行こうね」

って言った。

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