頸髄損傷になって1週間くらい。
父は、呼吸器のサポートを少しずつ減らしても、
だいぶ自分で呼吸ができるようになっていた。
「口の管が抜けたら、話せるようになる」
そんな期待があった。
一時的な呼吸のサポートだと思っていた。
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でも、医師から説明されたのは、
「気管切開が必要です」
という話でした。
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頸髄損傷の影響で、
父は胸を使った呼吸がうまくできない。
胸式呼吸ができず、
お腹を使う腹式呼吸になっているらしい。
一回換気量は取れている。
抜いても呼吸できるかもしれない。
できなかったときに、
再び管を入れる間に、急変するかもしれない。
そのリスクを冒してまで、チャレンジするのか。
それに、今はICUで頻繁に吸引してもらえているけど、
一般病棟に移って、
口の管を抜いたあとに痰が詰まると、
命に関わる危険がある、と。
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ICUみたいに手厚く看てもらえなくなるから、
そのために気管切開をするの?
って。
“管理しやすくするため”
みたいに聞こえてしまって、
モヤモヤしていました。
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口に管を入れているより
気管切開したほうが、
口も動くし、
管が短くなる分、呼吸もしやすい。
父の苦痛が減るのは分かっていた。
でも、何より苦しかったのは、
手足の自由を失った次は、
「声」まで失わせてしまうことでした。
気管切開をしたら、
今までみたいには話せなくなる。
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「これ以上、父から奪うの?」
本当は話せるのに。
頭はしっかりしているのに。
そんな気持ちでした。
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父への突然の告知のタイミング。
これからの治療もそう。
なんだか全部、
父に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
まぁ、転んだ父が悪いんだけど。
くそーー!
追い打ちかけてくるじゃん。
でも、
「命の危険があります」
そう言われたら、
家族としては同意するしかなかった。
「気管切開したあと、閉じられることはないですか」
「閉じられるとしても、
1年単位の長い話になります。
すぐに閉じられることはありません」
たくさん質問もした。
もう、父の声が聞こえなくなるのを
受け入れられなくて。
返ってくる言葉は
温かみがなくて、悔しくて、
納得しきれないまま
しぶしぶ同意書にサインした。
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正直、
こんな状態になったら、
「生きていたくない」
と思っても不思議じゃないと思った。
私にできること。
父に、ちょっとでも生きようと思わせること。
孫の力、しかないか。
病室に飾ってもらいやすいように
家族の言葉と写真を貼った台紙を作った。
長男「じいじ、帰ってきてね」
母「 」
夫「気合です!」
って。
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今思うと、
あの頃の私は、今よりずっと優しかった気がします。笑
今、あの時作った台紙は
部屋の奥に追いやられ、なかったことに。
今度、入院するとき
入院バッグにいれてやろう。

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