介護と子育てに奮闘する管理人です。
頸髄損傷の父との暮らしや、家族の介護のリアルを発信しています。
同じ悩みを持つ方の力になれたらうれしいです。

nannanをフォローする

増えていく自助具|頸髄損傷の父の「自分でできる」を増やしたもの

急性期病院から、転院の話が出た。
もうそろそろ、転院先を決めなくちゃいけない時期。
運よく、気管切開が閉じれた父。
私は、どうしてもリハビリ病院に転院してほしかった。
「リハビリをしても意味がない」

そう言っていた、あの「くそーの医師」からも、そう言われていた。
でも、私がリハビリ病院に行ってほしかった理由は、

麻痺を治してほしかったからじゃない。

麻痺がある中で、

どうやって生活していくのか。

それを、リハビリ病院の専門のスタッフの方たちと、一緒に考えたかった。
「リハビリをしても意味がない」

そう言われる病院じゃなくて。

「じゃあ、どうしたらできる?」

を考えてくれる病院に行きたかった。

そして、父がリハビリ病院に入院してから。

退院までに、リハビリの先生が父の麻痺の状態に合わせて、いろいろな自助具を作ってくれた。

これが、すごい。

感動。

そして、

感謝。

父の「できない」を見て、

「じゃあ、どうする?」

を考えてくれる。

なんだか、ドラえもんの道具みたい。

ということで、ここからは、
てってれてってて~♪

と、ドラえもん風に紹介していきます。


⓵てってれてってて~♪
「鶴ー!」
まずは、以前の記事にも登場した「鶴」。

ベッドの上で寝たままでも、手が握れない父が、自分で水分をとれるようにした道具。

これが、父の「自分でできる」を増やしてくれた。

詳しくは、こちらの記事で紹介しています。

②てってれてってて~♪
父は、指が動かない。

だから、ベッドのボタンも押せない。

でも、リハビリの先生が作ってくれた自助具をつけると……

押せる!

これのおかげで父は、ベッドにいても、

好きなときに、好きな角度で過ごす自由

を手に入れた。

同じ角度で座っていると疲れるらしく、よく角度を変えている。

そして私は、

父に呼び出される頻度が格段に減った。

「起こして」

「寝かせて」

と、そのたびに呼ばれていたら……

しんどいわ。

父の自由が増えて、
私の自由も増えた。

これ、大事。

最初に作ってもらったものは、コントローラーだけ。

でも、それだと……

転がる。
「コントローラーどこ行った?」って呼ばれる。
退院後、訪問リハビリの先生が改良してくれた。

コントローラーを、重めの板に取り付けてくれた。

これなら、ベッドの上に置いても安定する。
使いやすくするために、いろんな人のアイデアと愛が詰まっている。


※実際に使用している自助具を参考にしたイメージイラストです。

ちなみに、ショートステイ先のベッドのコントローラーも借りてきて、

そっちにも自助具を作ってもらった。
父、ショートステイ行くとき、荷物多い。
四次元ポケットで持って行って欲しいわ。


③てってれてってて~♪
「歯磨きも、髭剃りも自分でお願いしやーす!」

父の手、指が動かない。
下のイラストではわかりやすく、手が開いているけど
父は、グーの形で固定されている。
父は、リハビリをしないと手がどんどん硬くなって、さらに開きにくくなる。
物を持つことができない。
なので、手に白いホルダーを挟んで使っている。

髭剃りも、同じ形のホルダーに父愛用の髭剃りを取り付けられるようにしたもの。

毎日やることが、

自分でできる。

これって、素敵。

だって、私が歯磨きしてあげたら、

「痛いっ!」

とか、

うるさそうだもん。
お互いのためにも。

自分でできるって、素敵!

④てってれてってて~♪
「万能カフって、やっぱり便利ー」
万能カフ。

これは、父専用で作ってもらったものではない。

でも、我が家では大活躍。

万能カフにタッチペンを差し込めば、
タブレットの操作ができる。

ペンを差せば、
字を書くこともできる。

そして、スプーンを差せば、

ご飯も食べられる。

万能カフ、すごい。

父、3つ持っている。

いや、もう万能カフというより、

父の手。

そんな感じ。

私が自助具をブログに残したかった理由

父が頸髄損傷になってから、知りたかったことがある。

父は、何ができるようになるんだろう?

歩けるようになるわけじゃない。

手も動かない。

じゃあ、リハビリをしたら何が変わるんだろう?

当時の私は、それが知りたかった。

だから、ブログを書きたかった。

私が父のことで調べていたとき、

「頸髄損傷 在宅 リハビリ」

と検索しても、

実際に生活の中で、

「こんなことができるようになった」

という情報は、なかなか見つけられなかった。

だから、残したかった。

父の場合は、こうだった。

水分が自分でとれるようになった。

ベッドの角度を自分で変えられるようになった。

歯磨きができるようになった。

髭剃りもできるようになった。

もちろん、これは父の場合。

同じ頸髄損傷でも、麻痺の状態やできることは人それぞれだと思う。

それでも、

「歩けなくても、できることは増えるんだ」

って、あの頃の私に教えてあげたい。

だから、このブログに残しておきたかった。

リハビリをしても意味がない。

そう言われた父が、

リハビリの先生と一緒に、

「じゃあ、どうしたらできる?」

を探して、

「自分でできる」を増やしていった。

これを、誰かが転院先を考えているときに読んでくれたらいいなと思う。

あの頃の私みたいに、

「この先、何ができるようになるんだろう?」

って思っている人に。

コメント

タイトルとURLをコピーしました