父がリハビリ病院に転院して、
やっと毎日を落ち着いて過ごせるようになった。
急性期病院では、命の心配ばかりしていた。
でも、リハビリ病院に来てからは、
毎日リハビリをして、ご飯を食べて、少しずつ回復していく父を見ることができた。
退院なんて、まだもう少し先の話。
そう思っていた。
何をしたらいいんだろう。
でも、まだ大丈夫だよね。
そんな漠然とした不安を抱えながら過ごしていた。
入院して、あっという間に1か月。
初めての退院カンファレンスの日がやってきた。
参加者は、母と私と夫、それに5か月の第二子と小学生1年の長男
先生と、PT、OTの先生に、担当の看護師さん
医療ソーシャルワーカーさんに、地域連携室の担当の方
それから、車椅子に乗ってきた父。
退院カンファレンスとは、退院後の生活をどうするか、病院と家族で考える話し合いです。
入院中は1か月ごとに行われました。
「めっちゃ人いるじゃん」って長男。
確かに。
順番に自己紹介して、会議が始まった。
退院カンファレンスで分かった父の現在の状態
医師から、病状の説明があった。
「頚髄損傷C4/5で不全麻痺であること。
大きな回復が見込める期間は、6か月が一つの目安です」
あの時の私たちは、頸髄損傷になったら、もう元には戻らないと思っていた。
「もう少し動けるようになるのかも」
家族がざわめいた。
それから、今の父の様子の話がリハビリの先生と看護師さんからあった。
食事:自助具を使って、自分で食べられる。
汁物はストローで介助。
着替えや入浴は、全介助。
車椅子の移乗は、2人介助でリフター使用。
「あはは。全部、全介助じゃん。
お世話になってます。ありがとうございます」
家族みんなで深々お辞儀。
当の本人は、ベビーカーに乗った第二子を見てニコニコ。
歯磨きは自助具を使えばできるという。
「えっ、できるの?」
家族全員が驚いた。
「何もできない」と思っていた父に、できることが増えていた。
「週末は、バウンサーを使って、腕のリハビリもやっています」
「痛みが強いのと、両肩拘縮があるので、少しづつ」
「車椅子に乗っても、低血圧もないし、2時間は乗ってられますね」
「おぉー、やるじゃん」
父の参観日みたいだった。
「できること」が一つずつ増えているのを、家族みんなで喜んでいた。
「なんか、嬉しいね」
「全然、動けるじゃん」って長男。
そうだね、君は寝ている父しか見てないからね。
便は、自力では出せないので、週2回浣腸をしている。
父が選んだのは「自宅に帰る」という道
「入院は半年まで。その後はどうしますか?」
父は迷わず、
「家に帰ります。」と言った。。
おぉ、そうね。帰ってくるね。
「こんな動けなくても、自宅に帰っている人もいるんですか?」って母。
「その後、介護老人保健施設に3か月入院もできます」
「そこでも、リハビリはやってもらえるんですか?」
「生活をするのが中心で、家に帰る準備をする期間として考えてもらえれば。
リハビリの時間も30分程度で、リハビリ病院ほどじゃなくなります。」
「それなら、行く意味ないな」って、父きっぱり。
※施設によって違いますが、この時説明された老健では、リハビリ病院ほど集中的な訓練ではなく、生活を整えることが中心という説明でした。
父は、少しでも長くリハビリを続けてから家に帰りたかった。
まぁ、リハビリ病院から在宅の準備を進めてもらえたら
リハビリの先生もいるし、いいのかなと思った。
退院準備は病院ではなく家族が進める
次回のケア会議までに、ケアマネージャーさんを決めてきてください。
えっ、父の状態を一番知っている病院が、退院先やサービスまで全部つないでくれると思っていた。
地域によって違うので。ご自身で連絡とってください。
ケアマネさんがいる地域包括支援センターやデイサービスが載っている
厚い冊子を渡された。
使いたいサービスも見てみてください
重いっす。
なんも、分からないっす。
退院までに家族が準備すること
■ケアマネ探し
■主治医探し
■訪問看護
■デイサービ・スショートステイ
■福祉用具
■障害者手帳:症状固定するのが6か月後と言われているので
それまでにとるようにしましょう。
情報量が多すぎて、頭が追いつかなかった。
メモを取っているのに、
家に帰ると何を書いたのか分からない。
母も私も、聞いた話を忘れたり、間違えたり。
私たちは父の状態や、帰ってくる生活のことを考えるだけで精一杯だった。
そこから起こる不安や焦りの感情も忙しい。
夫は少し離れたところから話を聞いていて、整理してくれていた。
「だから、介護施設は、リハビリが少なくなるんだって。
だから、自宅に帰ってくるって言ったんだよ」
って夫。
「そっか、そうだったね」って私。
そんなやり取り何回もあった。
病院を退院するんだから、必要なサービスも全部つないでもらえると思っていた。
でも違った。
何から始めればいいのかさえ分からない。
それでも、やる順番だけは教えてもらえた。
その日から、家に帰る準備をするのは、
病院ではなく私たち家族の役目になった。
初めてのケアマネ探しで感じたこと
私たちが最初に始めたのは、ケアマネ探し。
「ケアマネって何?」
そんな状態から始まった、私たちのケアマネ探し。
この時はまだ知らなかった。
在宅介護で一番大切な出会いの一つが、
ケアマネさんとの出会いだったことを。

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